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時代とともに~供養の新しいかたち
2020-02-14

全収骨と部分収骨

日本国内において火葬での葬送が99%以上を占めています。
火葬の後に遺骨を骨壷に納めることを収骨といいます。
しかし、地域によって収骨方法に違いがあることをご存知でしょうか。
今回は火葬における収骨方法の違いについてまとめましたので、是非参考にしてみてください。

全収骨と部分収骨

全収骨とは、すべての遺骨を骨壷に入れることを指します。
部分収骨とは、一部の遺骨のみを骨壷に入れることを指します。

全収骨

関東や北海道などの東日本では全収骨を行うことが多いです。
骨壷は7寸前後の大きなものが選ばれます。

部分収骨

関西などの西日本では部分収骨を行うことが多いです。
のどぼとけ(実際は第二頸)や足、腰、胸、腕、頭など主要なお骨のみ収骨します。
骨壷は3~5寸程度のものが選ばれます。
残りのお骨は火葬場で供養されることになりますが、ご遺族の希望があれば全骨入れることも可能です。

遺骨の一部を火葬場に残すことができるのであれば、すべて火葬場に残して遺骨を持ち帰らないことは可能かという議論があります。
いわゆる「ゼロ葬」といわれるものですが、大阪市や堺市などでは収骨せずに遺骨を火葬場に残して帰ることができます。
各自治体の条例や各火葬場運営規則で収骨義務が定められているところもあります。
遺骨の受取拒否を希望の場合、できるかどうかを事前に確認しておくとよいでしょう。

なぜ収骨方法に違いが生まれたのか?

愛知県を境にして東西で収骨方法が異なる理由は、明治時代の政策によるものだとされています。

明治元年、神道の国教化を目指した明治政府は神仏分離政策を行います。
これをきっかけに寺院や仏像などの破壊行為が行われました。
明治6年、火葬は仏教葬法なので廃止すべきだとする神道派の主張を受け、明治政府は火葬禁止令を公布しました。
わずか2年後の明治8年、仏教徒の反発や衛生面などの理由で火葬禁止令が廃止されました。
この火葬解禁にともない、火葬場と墓地との分離を図る政策が行われました。
東京など東日本では、この政策を遵守します。
火葬場と墓地との距離が遠いため骨を残さずに全収骨されるようになりました。
一方大阪では、この通達が守られず火葬場と墓地が隣接した状態でした。
したがって部分収骨を行い、残りの遺骨は隣にある墓地に埋めることができたのです。

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